浦和地方裁判所 昭和58年(ワ)740号 判決 1988年11月28日
原告
福田正明
右訴訟代理人弁護士
山田伸男
同
石井吉一
被告
日本国有鉄道清算事業団
右代表者理事長
杉浦喬也
右訴訟代理人弁護士
秋山昭八
同
平井二郎
同
水上益男
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 原告
「1原告が被告に対し雇用関係上の権利を有する地位にあることを確認する。2被告は原告に対し、昭和五八年五月一日以降毎月二〇日限り一か月二三万三八〇〇円の割合による金員を支払え。3訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに第2項につき仮執行宣言。
二 被告
主文同旨の判決
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は、昭和三六年一〇月一日、日本国有鉄道(日本国有鉄道改革法〔昭和六一年法律第八七号〕により廃止される前の日本国有鉄道法〔昭和二三年法律第二五六号以下「国鉄法」という。〕に基づき設立された公共企業体 以下「国鉄」という。)に雇用されてその職員たる地位を取得し、昭和四〇年に東京北鉄道管理局大宮車掌区の車掌となり、同五一年一〇月一日からその専務車掌の職にあった。
2 しかるに、国鉄は、原告が昭和五八年四月二五日以降国鉄の職員たる地位を失ったものとして取り扱っている。
3 原告は、昭和五八年四月当時、月額二三万三八〇〇円の賃金の支給を受けていた。
4 国鉄は、日本国有鉄道改革法一五条、同法付則二項、日本国有鉄道清算事業団法(以下「清算事業団法」という。)九条一項および同法付則二条により、昭和六二年四月一日、日本国有鉄道清算事業団(以下「被告」という。)となった。
5 原告は、昭和六二年四月の統一地方選挙の際に深谷市議会議員に立候補し、四月二六日の投票日の投票の結果同市議会議員に当選し、現在、同市の市議会議員の地位にある。
清算事業団法には、被告の職員について、国鉄法にみられるような市議会議員との兼職を禁止し或いは承認にかからしめるとする規定はない。
6 よって、原告は被告との間に雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と、被告に対し、昭和五八年五月一日以降毎月二〇日限り一か月二三万三八〇〇円の割合による賃金の支払いを求める。
二 請求の原因に対する被告の認否と主張
A 認否
請求の原因1乃至5は認めるが、6は争う。
B 主張
1 原告は、国鉄の職員であったが、昭和五八年四月二四日実施された深谷市議会議員選挙に立候補し、同月二五日深谷市選挙管理委員会から当選人決定の告知を受けた。
2 ところで、公職選挙法(昭和五七年法律第八一号による改正後のもの。以下「公選法」という。)一〇三条一項は、「当選人で、法律の定めるところにより当該選挙にかかる議員または長と兼ねることができない職に在る者が第百一条第二項(当選人決定の告知)又は第百一条の二第二項(名簿届出政党等に係る当選人の数及び当選人の決定の告知)の規定により当選の告知を受けたときは、その告知を受けた日にその職を辞したものとみなす。」と規定している。
ところが、国鉄法二六条二項、二〇条一号は、国鉄の職員は総裁の承認を得たものでない限り、市議会の議員を兼ねて職員であることができない旨規定しているので、原告は、国鉄総裁の承認を得ない限り市議会の議員を兼ねて職員であることができなかった。
3 従って、原告は、前記当選の告知を受けた日に国鉄の職員を辞したものとみなされることとなったのである。
三 被告の右主張(二B)に対する原告の認否と主張
A 認否
1は認める。
2のうち、公選法一〇三条一項、国鉄法二六条二項、二〇条一号に被告主張の規定があることは認めるが、その余は争う。
3は争う。公選法一〇三条一項は、法律の定めにより一律機械的に議員等との兼職が禁止された職に在る者について当選告知により当然に議員等以外の職を辞したものとみなすことにしたものであるが、国鉄職員については国鉄法二六条二項但書の定めがあるから、国鉄職員は法律の定めにより一律機械的に議員等との兼職が禁止された職に在る者とはいえず、国鉄職員には公選法一〇三条一項は適用されない。
B 主張
仮に、公選法一〇三条一項が国鉄職員にも適用されるとしても、原告が前記当選告知の日に失職したとの被告の主張は誤りである。
すなわち、
1 国鉄では、後記のように従来事後承認制をとり、当選後に当選した職員から兼職承認願を提出させてきたため、原告は、事前には「兼職承認願」は提出していないが、原告は、国鉄に対して昭和五八年四月一四日東京北鉄道管理局長宛文書で「立候補届」を提出した。
これに対し、国鉄より右局長名の右同日付文書をもって、原告に対し、「当選されましても、議員との兼職は国鉄のおかれた現状にかんがみ、承認できない」旨の通知があった。
原告は、当選人告知後速やかに議員との兼職の承認方を東京北鉄道管理局長に申し出たにもかかわらず、その受領を拒否された。
2 しかしながら、国鉄法二六条二項及び公選法一〇三条一項の解釈としては、当選告知の日に国鉄総裁の「承認」がなければ法律上当然に国鉄職員の職を辞したものと解すべきではなく、当選告知後の兼職申出に対し国鉄総裁の「不承認」の意思表示がなされたとき、しかも「適法な」不承認がなされたときにはじめて、国鉄職員としての職を辞したものと解すべきである。
a 「不承認」
(一) 国鉄とその職員との関係は、私的労働契約関係とされ、労働基準法(以下「労基法」という。)の適用のあることはいうまでもないから、国鉄法二六条二項は労基法と調和的に解釈されなくてはならないところ、労基法七条は、「使用者は、労働者が労働時間中に選挙権その他公民としての権利を行使し、又は公の職務を執行するために必要な時間を請求した場合においては、拒んではならない。但し、権利の行使又は公の職務の執行に妨げがない限り、請求された時刻を変更することができる。」と定めている。同条は、主権在民主義、民主主義を宣言し、できる限り広くかつ平等に国民の参政権を保障しようとする憲法の基本理念を体して設けられたものであるところ、国又は地方公共団体の議会の議員の職につくことが、労基法七条の「公の職務の執行」に含まれることはいうまでもなく、また、労働者が公職についたことを理由に使用者から雇用関係を解消することは、実質において公職の執行を拒否するに等しいから原則として許されず、例外的に当該公職の執行が使用者の義務に著しい支障を生ずる場合に限り、同条に違反しないと解する余地があるにとどまる。
(二) 国鉄法は、昭和二九年の改正前は、町村議会議員との兼職を無条件に認めていたところ、同年一二月第二〇回国会における同法の改正により、市(特別区を含む。以下単に「市」という。)議会議員についても兼職禁止を緩和する措置をとるのと引換えに、二六条二項但書が付加されるに至ったのであるが、改正法案の審議経過等をみても、改正法は、市町村議会議員との兼職は認めるが、業務に支障が生じるとの具体的事情のある場合に総裁が兼職を「不承認」としたときは例外的に兼職を許さないとしたものであり、改正法の条文は「……総裁の承認を得た者はこの限りでない」と定めているので、文言上はあたかも総裁の「承認」という積極的行為がなければ職員であることができない(失職する)かのように読めるが、そのように読むことは前記改正法の立法趣旨に合致しない。
業務阻害を理由とする総裁の不承認がなされたときにはじめて職員を兼職することができないと解すべきである。
(三) 国鉄も、従来から市町村議会の議員については、当選告知があっても当然には失職せず、当選後になされる承認願に対して業務上の著しい支障等の理由により不承認がなされてはじめて失職するとの解釈をし、運用してきたものである。
すなわち、
国鉄の昭和三九年一二月一〇日総秘達3「公職との兼職基準規程」は、一方で、市町村議会議員以外の公職の候補者として立候補し公職選挙法一〇一条二項の規定により当選の告知を受けたときは兼職ができないと定めている(四条)が、他方、市町村議会の議員に当選した職員のうち兼職を希望する者は、直ちに所属長に兼職の承認願いを提出し、その承認を受けなければならないとし(五条)、所属長は、現場長その他これに準ずる一人一職の職にある者又は業務遂行に著しい支障があると認めたときはその承認をしてはならないと定めている(六条)。
また、国鉄の公定的解釈を示したとみられる日本国有鉄道法研究会(日本国有鉄道総裁室法規課内)「日本国有鉄道法解説」は、市町村議会議員以外の候補者が当選告知を受けた場合には当然失職するとしつつ、「市町村議会の議員については、当選告知をもって、当然失職とはならず、総裁が兼職の申出を不承認としたためとか、あるいは、その他の理由で本人の退職の申出により、退職の発令をしてはじめて失職するものと解される」としている。
(四) なお、国鉄法二六条二項但書は「市(特別区を含む)町村の議会の議員である者」との表現を用い、「議員となる者」とはしていないことから、当選の告知により議員の地位を取得した後、つまり「議員である者」となってから、総裁の承認を受けることを予定していると解されるところ、当選告知日現在承認のない限り絶対的に失職の効果が生ずるという見解をとれば、つねに失職の効果が先行し、承認の余地は全くないこととなり、不合理である。したがって、当選の告知後も不承認の意思表示があるまでは失職しない。
そうすると、議員と職員の併存が生ずるが、公選法一〇三条二項は、当選人の更正決定や繰上補充等の場合についてではあるが、一定期間は両者の併存を認めているのである。
b 「適法性」
そして、不承認は適法なものでなければならず、適法な不承認がなされたときにはじめて失職すると解すべきである。
国鉄法二六条二項は、国鉄の業務遂行の確保という観点から市町村議会議員との兼職を認めるか否かの権限を国鉄総裁に付与したものであり、兼職の承認・不承認は全くの自由裁量ではなく、同項の立法趣旨及び参政権を保障した憲法及び労基法の趣旨に鑑みると、国鉄職員としての業務に著しい支障が生じる場合にのみ不承認とすることが許されるものと解される。
議員兼職の承認・不承認の決定については、国鉄総裁にある程度の裁量の余地があるとしても、その裁量の内容は、議員兼職のもたらす個別具体的な業務支障の有無、程度及びこれが使用者たる国鉄に与える不利益の重大性に限られる。
3 そうすると、仮に1に記した東京北鉄道管理局長名の原告宛通知が国鉄総裁の兼職不承認の意思表示であるとすれば、「国鉄のおかれた現状にかんがみ、承認できない」というような一般的な不承認方針に基づき兼職を否定したもので、国鉄法二六条二項但書の趣旨を没却するもので違法である。
すなわち、
本件兼職不承認は、「昭和五七年一一月一日以降新たに又は改選により、公職の議席を得た者に対しては兼職の承認を行わない」との国鉄の一般方針(昭和五七年九月一三日総秘達六六六号「公職との兼職に係る取扱いについて」)に基づき、議員としての公務の執行が国鉄職員としての業務の遂行上支障をきたすと否とに一切かかわりなくなされたものである。
しかしながら、国鉄法二六条二項が市町村議会議員との兼職について総裁の承認制度を採用したことは、当然ながら承認すべき場合のあることを前提とするものであって、一律禁止と相容れないことは明らかである。従って、その当否はとも角として、あくまでも一律禁止に踏み切るのであれば、まず国鉄法二六条二項の法改正がなされなければならず、法改正の手続を回避しつつ、従来の解釈運用を全く否定して、法改正と同様の結果を得ようとすることは、明らかに法の規定する兼職承認制度における国鉄総裁の権限を逸脱するものである。
なお、国鉄が前記一般方針をとるに至ったのは、政府、自由民主党の政治的圧力に屈したためである。
原告は、昭和五四年四月深谷市議会議員選挙に立候補して同月二三日当選し、五八年四月まで既に四年間にわたり市議会議員の地位にあった者であるが、この間、総裁より兼職の承認を得てきたのであり、過去において国鉄業務に格別の支障を生じたことはなく、今後ともその虞れはないのである。
それなのに、一律全面的に兼職承認を行わないとの一般方針に基づき原告に対し兼職承認をしないのは違法であり、兼職をなしうる国鉄職員の権利の違法な制限であるから、制限は無効として、原告には、承認があったのと同様の法的地位が認めらるべきである。
四 原告の右主張(三B)に対する被告の認否反論
1について
前段のうち、原告が事前には「兼職承認願」を提出しなかったこと及び国鉄に対して昭和五八年四月一四日東京北鉄道管理局長宛文書で「立候補届」を提出したことは認める。
中段及び後段は認める。
2について
冒頭の主張は争う。
aにつき
(一) 労基法七条に原告主張の規定があることは認める。しかし、国鉄法二六条二項は、原告の主張する労基法の規定の存在を前提としつつ、国鉄職員の地位や職務の特殊性を考慮し特別法として市町村議会の議員との兼職を総裁の承認にかからせたのであるから、国鉄職員については国鉄法が優先して適用されるのは当然であり、労基法との抵触問題の生ずることはない。
(二) 国鉄法二六条が改正された際の立法趣旨について、「職務の遂行に著しく支障を及ぼす虞れのある場合を除き総裁は承認をしなければならない」ことが当然の前提であったかのようにいう原告の主張は失当である。右改正案の審議に際して議員兼職とその職務に与える影響などにつき質疑がなされたことはあるものの、断片的な論議にとどまり、総裁の承認に関する具体的基準についてまで審議されてはいないのである。
右改正の趣旨は、国鉄職員について、市議会議員との兼職を禁止していた従前の法を改めることとしたものの、無条件に市町村議会議員を兼職できるものとすることは国鉄の業務運営上妥当性を欠くこと等から、特に総裁の承認を得た者についてのみ兼職を認めるものとし、承認については、総裁の裁量に委ねることとしたものである。
(三) (三)のうち、国鉄の昭和三九年一二月一〇日総秘達3「公職との兼職基準規程」に原告主張のような規定があること及び原告主張の「日本国有鉄道法解説」に原告主張のような記述があることは認めるが、その余は争う。
右「公職との兼職基準規程」の規定は、兼職承認に関する国鉄内部の事務手続を定めたものに過ぎず、もとより公選法一〇三条一項、国鉄法二六条二項の解釈を左右するようなものではないのみならず、右規定の運用としては、職員について事実上選挙前に承認するしないについての意思決定がなされ、立候補者も事前に承認されるか否かを了知しており、規定に定める当選後の承認願と承認はこれを明確にしておくためのものに過ぎないものとされていた。国鉄は総裁の不承認があってはじめて失職するとの見解に立って運用していたわけではない。
また、日本国有鉄道法研究会「日本国有鉄道法解説」における記述は、同研究会の見解であって、国鉄の公式見解でないことは明らかである。
(四) (四)の主張も争う。原告は、国鉄法二六条二項但書の「市(特別区を含む。)町村の議会の議員である者で総裁の承認を得た者」を、「町村の議会の議員となった者」でその後「総裁の承認を得た者」と読もうとするのであるが、そもそも、同条項但書は、職員の欠格条項につき、市町村議会の議員である者は職員であることができないという原則に対して、総裁の承認を得たものはこの限りでないとする例外を規定したものに過ぎない。国鉄法二六条二項但書の前記表現をもって、議員となる者は議員となった後に総裁の承認を得るという手順を履むべきことを意味していると読むのは、条文にその本来有する意味以上のものを持ち込もうとするものであって、とりえない。
また、公選法一〇三条二項は、選挙後相当期間が経過した後に更正決定や繰上補充などで当選人とされる者に関する規定であり、その場合には既に選挙後相当期間が経過して議員となるメリットが少なくなっている等当選人が現職に留まることを希望するのも無理からぬ事情も生じうることから、五日の間に本人にいずれかを選択させることとしたものであり、五日以内に従前の職を辞した旨の届出をしない限り当選そのものを失ない、議員たりえないとともに、かかる届出をするまでは議員ではなく、届出をまって議員としての資格を取得するもので、両者の併存を認めたものではない。
bにつき
国鉄総裁は、業務の支障その他諸般の事情を考慮し承認するか否かを決することができるのであって、裁量の範囲を原告主張のように限定的に解釈すべきではない。裁量権の行使は、個別具体的な支障の有無に限らず、諸般の事情を総合考慮することができるのである。
3について
国鉄総裁が兼職承認をしなかったのは、原告主張のように「昭和五七年一一月一日以降新たに又は改選により、公職の議席を得た者に対しては兼職の承認を行わない」との国鉄の一般方針に基づくものであることは認める。
周知のように、国鉄は当時極めて逼迫した経営状態におかれており、再建のため、三年間にわたる職員の新規採用の停止や、地方交通線の廃止等の各種方策がとられていた。昭和五七年七月三〇日の臨時行政調査会第三次答申は、「国鉄の膨大な赤字はいずれ国民の負担となることから、国鉄経営の健全化を図ることは、今日、国家の急務である」との認識の下に、緊急にとるべき措置として一一項目の提案をし、その一として「兼職議員については、今後、認めないこと」を挙げた。この決定を受けて同年九月二四日出された「日本国有鉄道の事業の再建を図るために当面緊急に講ずべき対策について」と題する閣議決定においても、国鉄経営の危機的状況にかんがみ国鉄が取り組むべき緊急対策の一として、兼職議員については当面認めないこととすべきことが掲げられた。
このような国鉄のおかれた極めて厳しい状況の下に、国鉄総裁が前記のような一般方針を打ち出し、当分の間兼職承認を行わないこととしたのは、国鉄総裁に委ねられた裁量権の範囲内でとられた妥当な措置であった。
しかも、原告は、総裁の不承認なる処分があることを前提としているが、総裁の承認がなされない場合には、承認がないという事実のゆえに国鉄法二六条二項本文によって兼職が禁じられ、その結果公選法により失職とされるのであって、失職は、総裁の決定による直接の効果ではなく、公選法による効果なのである。
従って、仮に百歩を譲って、国鉄総裁が兼職承認しなかったことが違法だとしても、それによって直ちに当選の告知があった時点で承認があったと同様の効果が発生する筈もないのである。
第三 証拠関係<省略>
理由
一市議会議員の「当選人決定の告知」(以下「当選告知」という。)までの原告と国鉄との雇用関係等
請求原因1ないし5は当事者間に争いがない。
二「当選告知」により原告と国鉄との雇用関係は消滅したか
1 原告の市議会議員立候補と当選告知
原告は、国鉄職員であったが、昭和五八年四月二四日実施された深谷市議会議員選挙に立候補し、同月二五日深谷市選挙管理委員会から当選告知を受けたことは当事者間に争いがない。
2 公選法一〇三条一項と国鉄職員
ところで、公選法一〇三条一項は、「当選人で、法律の定めるところにより当該選挙にかかる議員又は長と兼ねることができない職に在る者が、第百一条第二項……の規定により当選の告知を受けたときは、その告知を受けた日にその職を辞したものとみなす。」と定めているところ、国鉄法二六条二項には、「第二十条第一号に該当する者は、職員であることができない。但し、市(特別区を含む。)町村の議会の議員である者で総裁の承認を得たものについては、この限りでない。」との定めがあり、同法二〇条一号には、「国務大臣、国会議員、政府職員(人事院が指定する非常勤の者を除く。)又は地方公共団体の議会の議員」が挙げられている。
この点に関し、被告は、公選法一〇三条一項は法律の定めにより一律機械的に議員との兼職が禁止された職に在る者について当選告知により当然に議員等以外の職を辞したものとみなすことにしたものであるのに、国鉄職員については国鉄法二六条二項但書の定めがあるから、国鉄職員は法律の定めにより一律機械的に議員等との兼職が禁止された職に在る者とはいえず、国鉄職員には公選法一〇三条一項は適用されない旨主張する。
しかしながら、国鉄法二六条二項は総裁の承認がない限り職員は議員又は長と兼ねることができない旨定めているのであるから、国鉄職員は原則として公選法にいう「法律の定めるところにより……議員又は長と兼ねることができない職に在る者」に当たるということができる。すなわち、公選法一〇三条一項は法律の定めにより「一律機械的に」議員等との兼職が禁止された職に在る者についてのみ適用される旨の原告の主張は根拠がなく、また市町村の議会の議員については国鉄法二六条二項但書により総裁の「承認」を得て兼職できる者があるとしても、「承認」の有無の基準となる日は当選告知の日であると解される(この点については後述する。)から、当選告知の日までに「承認」を得ていない者については、議員と兼職できない者として、議員に当選しても、当選告知の日に「その職を辞したものとみなす」ことに支障はなく、公選法一〇三条一項は、市町村議会の議員に立候補して当選告知を受けた国鉄職員にも原則として適用があり、当選告知の日までに国鉄法二六条二項但書の「承認」を得ていない限り、公選法一〇三条一項の「当選の告知を受けたときは、その告知を受けた日にその職を辞したものとみなす。」という効果の発生を阻止できないと解するのが相当である。
3 原告には公選法一〇三条一項の定める効果の発生を阻止する事由があるか
(一) 「承認」の有無―事実関係
ところが、本件の場合、原告は昭和五八年四月二四日実施された深谷市議会議員選挙につき深谷市選挙管理委員会から当選告知のあった同月二五日までに深谷市議会議員と兼ねることについて国鉄総裁の承認を得たという主張も立証もない。かえって、原告が国鉄に対して昭和五八年四月一四日東京北鉄道管理局長宛文書で「立候補届」を提出したのに対し、「国鉄より同局長名の同日付文書をもって原告に対し「当選されましても、議員との兼職は国鉄のおかれた現状にかんがみ、承認できない」旨の通知がなされたことは当事者間に争いがない。
(二) 国鉄職員の職を辞したものとみなされるための要件と時期に関する原告の主張について―国鉄法二六条二項と公選法一〇三条一項
原告が当選告知の日までに議員兼職について総裁の承認を得たという主張も立証もないことは先に述べたとおりである。
ところが、原告は、当選告知の日に総裁の「承認」がなければ法律上当然に国鉄職員の職を辞したものとみなされると解すべきではなく、当選告知後の兼職申出に対し総裁の「不承認」の意思表示がなされたとき、しかも「適法な」不承認がなされたときはじめて、国鉄職員としての職員を辞したものと解すべきであると主張する。
しかしながら、国鉄法二六条二項は、「第二十条第一号に該当する者は、職員であることができない。但し、市(特別区を含む。)町村の議会の議員である者で総裁の承認を得たものについては、この限りでない。」という規定の仕方をしているのであるから、右条項の読み方としては、国鉄職員は総裁の承認がない限り市町村の議会の議員を兼ねることができないと読むのが自然であり、「不承認」の意思表示がない限り兼職できる旨読むことは無理である。
また、原告が前記主張の論拠として挙げている点(事実欄三B2a)は、次に述べるとおりいずれも原告の主張を裏付けるものとして不十分である。すなわち、労基法七条の趣旨は尊重されるべきであるとしても、公社形態の基幹的交通機関を提供する事業体であった国鉄の業務の特殊性と公共性に照らすと、国鉄法二六条二項を文言どおり解しても不合理とはいえない。また、原告は国鉄法二六条二項但書が設けられた立法経緯を自己の主張の論拠の一つとしているが、<証拠>をあわせれば、国鉄法二六条二項が前記のようなものに改正されたのは、昭和二九年法律第二二五号によってであり、右は町村議会の議員との兼職は禁止していなかったが市議会の議員との兼職を全面的に禁止していたのを、議員兼職について何らの制限もなかった日本専売公社の職員及び市議会の議員までの兼職を認められていた日本電信電話公社の職員との均衡や、町村合併の促進による地方の実情の変化等を考慮し、国鉄職員については地方公共団体の議会の議員との兼職禁止を原則とはするものの職員の地位・職務内容等具体的事情によっては国鉄の業務に大きな支障が生じないこともありうるとして市町村の議会の議員については国鉄総裁の承認がある場合に兼職できることとしたものであることが認められるから、法改正の経緯も原告主張のような解釈をすべきであるという論拠にはならない。さらに、<証拠>をあわせれば、国鉄は原告主張のように「公職との兼職基準規程」(昭和三九年一二月一〇日総秘達3)をもうけ、市町村の議会の議員を除く公職に立候補し公選法一〇一条二項の規定により当選告知を受けた場合については、「告知を受けた日をもって、退職したものとみなす。」との規定(四条二項)をおいているのに、市町村の議会の議員に立候補して当選告知を受けた場合については右のような規定をおかず、その五条において「市町村の議会の議員に当選した職員のうち、兼職を希望する者は、直ちに所属長に兼職承認願(別表第2)を提出し、その承認を受けなければならない。」と定め、さらに六条において「前条に規定する承認願の提出を受けた所属長は、現場長その他これに準ずる一人一職の職にある者又は業務遂行に著しい支障があると認めたときは、その承認をしてはならない。」と定めており、実際にも当選告知後に「承認願」を提出させて承認をしていたことが認められ、また<証拠>によれば、日本国有鉄道法研究会(日本国有鉄道総裁室法務課内)「日本国有鉄道法解説」(昭和四八年刊行)の中には「市(区)町村議会の議員については、当選の告知をもって、当然失職とはならず、総裁が兼職の申出を不承認としたためとか、あるいは、その他の理由で本人の退職の申出により、退職の発令をしてはじめて失職するものと解される。」との記述があることが認められるので、国鉄も市町村の議会の議員の当選人について、総裁の兼職不承認がなされてはじめて失職するという解釈をし、そのような解釈のもとに法を運用してきたとみられないことはない。しかし、そうだとしても、右のような解釈が国鉄法二六条二項の正しい解釈ということにはならない。なお、原告は、国鉄法二六条二項但書には「議員である者」という文言が用いられているから当選告知により議員の地位を取得した後、つまり「議員である者」となってから総裁の承認を受けることが予定されていると解されるところ、当選告知日現在承認のない限り絶対的に失職の効果が生ずるという見解をとればつねに失職の効果が先行し承認の余地は全くないこととなるから当選告知後も不承認の意思表示があるまでは失職しないと解すべき旨主張するけれども、国鉄法二六条二項但書は、総裁の承認を得れば市町村の議会の議員と職員を兼職できる旨を規定したにとどまり、議員となった後に「承認」を得ることを予定した規定とは言い難い(なお、前記のとおり、法改正当時職員が町村の議会の議員を兼ねることは禁止されていなかったから、職員の中に相当数の町村の議会の「議員である者」がいたことは弁論の全趣旨により明らかであり、改正法が「議員である者」という表現を用いていても異とするに足りない)。
もっとも、国鉄法自体には、国鉄職員が国鉄法二〇条一号に該当するに至った場合職員の身分が自動的に失われることを定めた規定、例えば、職員が欠格条項に該当するに至ったときは一定の場合を除き当然失職する旨定めた国家公務員法七六条のような規定はなく、かえって、役員について、「内閣は、総裁が第二十条各号の一に該当するに至ったときは、これを罷免しなければならない。総裁は、副総裁又は理事が第二十条各号の一に該当するに至ったときは、これを罷免しなければならない。」(国鉄法二二条一項、二項)と定められているところからすると、国鉄法自体は職員が二〇条一号に該当するに至った場合にも当然失職するのではなく、職員が辞職するか、国鉄側の行為をまって雇用関係が消滅することを予定しているとみることができないわけではない。
しかしながら、公選法は、選挙による公職と法律により右公職との兼職を禁止されている他の職との違法な兼職状態を容認すれば公職への職務専念が妨げられる虞れがあることから、「当選人で、法律の定めるところにより当該選挙にかかる議員又は長と兼ねることができない職に在る者が、第百一条第二項(当選人決定の告知)又は第百一条の二第二項(名簿届出政党等に係る当選人の数及び当選人の決定の告知)の規定により当選の告知を受けたときは、その告知を受けた日にその職を辞したものとみなす。」(公選法一〇三条一項)こととして違法な兼職状態が生ずるのを避けようとしている(公選法一〇三条二項は、選挙後更正決定や繰上補充などで当選人とされる者に関する規定であるが、同項の定めるところによれば、法律の定めにより当該選挙に係る議員又は長と兼ねることができない職にある者が当選告知を受けたときは、五日以内に従前の職を辞した旨の届出をしない限り当選そのものを失い議員たりえないとともに届出がなされるまでは議員ではなく、届出をまって議員としての身分を取得することになるから、同項は兼職状態が生ずることを認めた規定ではない。)。
蓋し、国鉄法は国鉄の業務に支障が生ずることを防止するという見地から議員等との兼職禁止を定めているのに対し、公選法は選挙による公職への職務専念が妨げられることになることを防止しようとするという見地から違法な兼職を禁止しているものである。
そして、公選法一〇三条一項は公職選挙により当選した当選人に対しては一様に適用されるから、本件のように、当選人が国鉄法二六条二項の適用を受ける国鉄職員であっても、当選告知の日までに国鉄法二六条二項但書の「承認」を得ない限り、公選法一〇三条一項の効果の発生を免れないと解するのが相当である。
もし、原告主張のように「不承認」がない限り兼職が許されると解すると、公選法の認めない違法な兼職状態が現出することが避けられないことになるから、原告主張のような解釈を採用することができない。
従って、市町村の議会の議員の選挙に立候補して当選告知を受けた国鉄職員が公選法一〇三条一項の効果を免れるためには、事前に当選を条件とする「承認」を得ておかなければならないことになるのである。
(三) 「承認」の性質と承認しないことが違法となる場合
ところで、国鉄法二六条二項但書の「承認」は、同項本文による兼職禁止を解除するという行為であるが、その要件については法に定めがないので国鉄総裁の裁量に委ねられていると解される。
しかしながら、総裁の裁量に委ねられているとはいっても、裁量権は法の授権の趣旨に沿って行使されるべきであり、もし法の授権の趣旨に反して裁量権を行使し、或いは裁量権を行使しないときは、裁量権の逸脱・濫用として権限の行使又は不行使が違法となるから、総裁が承認をしないことも違法となることがあるといわなければならない。
そこで、国鉄法が国鉄職員の地位と市町村の議会の議員の地位とを兼ねることにつき承認をするかどうかを国鉄総裁の裁量に委ねた趣旨についてみるのに、<証拠>をあわせれば、法は国鉄総裁に当該職員の地位・職務内容等具体的事情を吟味して当該職員が市町村の議会の議員を兼ねるとすると国鉄の業務にどのような支障が生ずるかを個別に検討した上承認するかどうかを決めさせようとしたものであると認めることができる。
(四) 本件の場合に適法な裁量権の行使がなされたか
<証拠>をあわせれば、次の事実を認めることができる。
国鉄は、昭和三九年度、収支に欠損を出してからその経営は悪化の一途を辿り、昭和五五年度には一兆円を超える欠損を出して、国家財政の大きな負担となっていたところ、臨時行政調査会は、昭和五七年七月三〇日の「行政改革に関する第三次答申」において、国鉄経営の健全化を図ることは今日の国家的急務であるとして、国鉄を分割しこれを民営化すべきであるとするとともに、新形態移行までの間緊急にとるべき措置の一として、兼職議員については今後認めないこととする必要があるとした。そして、右答申の趣旨に沿って、昭和五七年九月二四日の「日本国有鉄道の再建を図るために当面緊急に講ずべき対策について」と題する閣議決定においても「兼職議員については、当面認めないこととする。」との一項目が掲げられた。国鉄は、右のような状況の下で、昭和五七年九月一三日、総裁室秘書課長名で本杜内各長、各地方機関の長等宛に「国鉄のおかれている厳しい現状にかんがみ、今後、当分の間」として「昭和五七年一一月一日以降、新たに又は改選により、公職の議席を得た者に対しては兼職の承認を行わない。なお、規程第三条の定めに基づく『立候補届』の提出を受けた所属長は直ちに本人に対し書面により通知するものとする。」等のことを指示する「公職との兼職に係る取扱いについて」と題する通達(総秘第六六六号)を発した。そして、昭和五八年四月の統一地方選挙に立候補した職員に対しては右通達に示された方針に基づき一律に兼職の承認は行われず、前記のように昭和五八年四月一四日東京北鉄道管理局長宛文書で「立候補届」を提出した原告に対しても同局長より「当選されましても、議員との兼職は国鉄のおかれた現状にかんがみ、承認できませんのでご承知おき下さい。」旨記載した昭和五八年四月一四日付書面による通知があった。そこで原告は当選告知後速やかに議員との兼職の承認方を東京北鉄道管理局長に申し出たにかかわらず、その受領を拒否され(このことは当事者間に争いがない)、今日に至っている。
そうすると、国鉄総裁は原告の議員兼職について原告の地位・職務内容等具体的事情を吟味して従前どおり深谷市議会の議員との兼職を認めた場合国鉄業務にどのような支障が生ずるかを個別に検討して議員との兼職を承認すべきかどうかにつき判断しておらず、通達に示された全国一律の一般方針に基づき承認を行わないこととしたとみるのが相当である。
しかしながら、法が国鉄職員の地位と市町村議会の議員の地位とを兼ねることにつき承認するかどうかを国鉄総裁の裁量に委ねた趣旨は先にのべたとおりであり、一律に事を決することを妥当でないとしていることは明らかであるから、当時国鉄がいかに厳しい状況下にあったとしても、何らこの点についての立法措置がとられていないのにもかかわらず、前記通達に示した一般方針に基づき個別の具体的事情についての検討を経ることなく昭和五八年四月一四日付書面による通知をしたにとどまっていることは法の求めている裁量を行っていないという意味でいわば消極的権限踰越があるといわざるをえず、違法の誹りを免れない。
(五) 「承認」がなされないことの適否は原告の職員としての地位の存否に影響を及ぼすか
しかし、そうだからといって、原告の主張するように承認があったと同様の法的地位が認められるべきであろうか。
この点については、承認しないことが違法であるときは承認があったとみなす旨の法の規定がなければ無理である。この見地に立つと、総裁の承認がなされない場合には公選法一〇三条一項の規定により職を辞したとみなされるので、職員としての地位の確認を求める訴訟では救済を得られないことになるが、承認しないことが違法であるときは承認があったとみなすかどうかは立法政策の問題であると考える。
結局、原告には公選法一〇三条一項の定める効果の発生を阻止する事由があるとはいえず、「当選告知」により原告と国鉄との雇用関係は消滅したといわなければならない。
三むすび
そうすると、原告が被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める請求及び右地位にあることを前提とする原告の賃金請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官小笠原昭夫 裁判官平林慶一 裁判官永井裕之)